ネパールデリバリー

ネパールグルメアンバサダー。世界最貧国ネパールの『美味しいもの』を食べ歩いています。観光から長期滞在の方まで役立つよう、多くの人で賑わうタメルのグルメを中心にご紹介します。『地球の歩き方』に載ってないような、ディープな情報も共有しています。

コタンからのお便り 〜YouMe schoolについて〜

拝啓

 

お久しぶりです。坂元 裕星です。

コタンはもうすっかり春の匂いがしてきました。昼ご飯を食べた後、あの昼下がりの太陽の下での昼寝がとても気持ちいいんです。日本ではこんなことしたことなかったよなぁって。

 

この前のお手紙は読んでいただけたでしょうか?

www.manjinote.com

 

自分はこのコタン村が大好きです。

まだ弱冠の人生しか歩んでいませんが、いつか将来一生を振り返るようになった時に、きっと自分はコタン村での日々のことを語っているんだろうなぁと。

そんなことを今から思っているんです。

 

コタン村での日々の中で一番大きのがYouMe Schoolでの先生の経験です。

このYouMe schoolみたいな学校が増えればいいなって思っているんです。

 

YouMe schoolについてお便りを書きます。

 

まず学校の名前には二つの意味があります。一つ目が、日本語の夢。夢に描いたような学校にしていこう。みんなが夢を持って夢を叶えていけるための場所にしようと『夢』という名前になりました。

 

もう一つが英語のYOU & ME です。あなたと私でこれからの未来を作っていこうという意味です。

 

このYouMe schoolの教育理念。

 

それは『国に恩返し』です。

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子どもたちの背中です。

彼らの小さな背中でも「国に恩返し」という言葉をいっぱいに感じてほしいんです。

 

これにはストーリーがあるので少し語らせてください。

現在ネパールには首都であるカトマンズに一つだけ国際線のある空港があります。

毎日とても多くのネパール人の若者たちがスーツケースを持って空港にいます。

しかし、みんな旅行に行くわけではありません。

みんな出稼ぎに行くんです。中東やマレーシア。男性だけではなく、女性もです。一日、約1500人が海外に出稼ぎに行っています。

海外では皆、毎日働きます。月収は2万円にも満たないです。一日12時間以上も皆働きます。

 

初めてコタンに来た時にマレーシアに4年間仕事をしていたという20歳の方に会い話をしました。彼はこう話してくれました。

出稼ぎの生活環境は悪くとっても汚い場所だった。でもコタンには仕事はなく、お金を手に入れる手段もない。「働く」ということをしていると少しは国のために、誰かのために働いているという気分になれる。それにお金ももらえる。それは良かった。でも毎日、自分の国であるネパールに戻りたいとずっと思っていた。

と。現在は子供ができたため、ネパールに戻ってきたそうです。

 

そして、こんなに働くとどうなるかわかると思います。

 

一日約4名の遺体が国に帰ってきます。海外ではネパール人を下に見る方も多く、それが原因で喧嘩になり、亡くなったりすることもあります。きつくて自殺する人もいます。

知らない人が多いと思いますがこれが現実なんです。

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このYouMe schoolを作った代表のシャラドはこう思いました。

なぜ、なぜ、、、ネパールの方がそこに行かなければいけないのか。出稼ぎのこの現実があるにもかかわらずなぜ海外に行かないといけないのか。日本人は行かなくていいのに。日本では一人の学生が自殺をしたら、大きなニュースになる。しかしネパールでは4名の遺体が帰ってきても何もニュースにならない。同じ人の命であるのに、私たちの命の大切さは悲しいけども違う。その根本を辿っていくと「教育に問題があるのではないか」と思うんだ。

ネパールの公立学校は先生がこない、遅刻する。そのようなことが当たり前に起きています。

学校に図書室などありません。

ある先生が学校をよくしようと頑張ろうとすると、学校は政府とのつながりが強いため、クビにさせられます。

そして国は教育に無関心です。

ネパールでは中学が終わる時に全国卒業試験というものが行われます。

公立の学校ではほとんどの生徒がそれに合格することができない。

たった32点取ればいいものをできない。

それが現実でした。

みんな卒業できないとわかるとどうなるか、、、

 

そうです。

海外に出稼ぎに行くしかありません。

 

しかし、代表のシャラドは違いました。代表はこう言ってました。

私の親は教師だった。

だから、家で勉強をすることができた。

首都であるカトマンズ、ブダニルカンタにイギリスの政府がネパールの国王とともに立てた学校があります。

ここは全国の子どもが受けて99人しか受からない学校です。

さらにその中の33人はすべてのお金を国が支払う奨学生として通うことができる。

私は代表はその33人に受かりました。

国際的な教育をしている学校なので英語もマスターしました。

だから海外に出稼ぎに行かなくて済みました。

そして、彼が大学に行く際に選んだ場所は日本でした。

その日本で確信しました。

しっかりとした教育を受けることができれば、自分のため、国のために、海外に行くことができるかもしれない。

そして、、『恩返し』という素敵な言葉に日本で出会うこともできました。

 

シャラドは日本の大学卒業前に故郷のコタン村に帰りました。

カトマンズに行く前に一緒に学校に通いた友達が何をしているか知りました。

やはり出稼ぎに行ってしまっていたそうです。

 

彼らの人生を変えることは難しいかもしれない。

でも、これからコタン村のために生きる子どもたちの人生は変えられるかもしれない。

 

村に学校を建てよう、そう決意しました。

 

それがYouMe schoolです。

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この写真がYouMe schoolです。

自分はこんな理念がつまっているYouMe schoolで今、インターン生として先生をやらさせてもらっています。

 

毎日が充実しすぎというくらい充実しています。

もう本当に、感謝で胸がふさがれたような気持ちです。

 

YouMeschoolについて手紙を書いていると、筆が止まらなくなってきます。

書きたいことがまだたくさんあるんですが少し長くなったので

YouMe schoolについては、またお便りを書きます。

 

 

法政大学4年 坂元裕星